山の神の独り言
「川の流れを乱したのは誰だ?」
秋も深まり、山々の木々は紅葉して、葉っぱを落とし始めているよね、この季節は、森の中の見通しが良くなって、森を身近に感じる季節なんだよね。いま作業をしている、田屋向平の七福神の森も、木々が色付き森の空気が澄んで、森の中が良く見渡せる様になっているんだよね。森の木々が紅葉して、葉が落ちると、田屋向平の七福神の森の脇を流れている青平川にも葉っぱが落ちて、流れに乗って下流に流されていくんだよね。でも最近、七福神家の大家さんの学会発表等の用事が重なって、2週間ほど七福神の森には行けていなかったんだよね。先日、2週間ぶりに七福神の森に行って、青平川に設置したコンクリートブロックの飛び石橋を点検したら、ブロックとブロックの間の流れに上流から流れてきた落ち葉が詰まって流れを堰き止めていたのを発見したんだよね。
コンクリートブロックを設置する時は、ブロックの穴を川の流れと平行にして、流れを妨げないようにと配慮し、ブロックの間隔も十分に取ったつもりだったんだけど、落ち葉が詰まってしまったんだよね。今回の失敗に関して、山に神が考えたのは、自然の川の石などは、全部角が丸いから、流れの中に在って障害物になっても落ち葉が詰まることはないけど、コンクリートブロックの様に角がある物は、自然の中にはほとんど無いので流れて来た落ち葉は引っかかるんだよね。山の神の反省としては、自分達の都合で、コンクリートブロックの飛び石橋を設置したけど、自然に無いものを自然の中に設置すると、何かしらの不都合を生じるという事だよ。自然と調和して自然の流れで生きているつもりの山の神でも、川の流れには角の無い石しか無い中に、角ばったコンクリートブロックを設置してしまったことを反省しているんだよね。川を渡るためという利便性を求めて、自然の法則に逆らったことをしてはいけないはずなんだよね。それでも人間の利便性は必要だから、自然との調和という観点からは、コンクリートブロックに溜まった落ち葉をこまめに取り除く方法しか無いかもね。人間の利便性と自然との調和には、自然の流れを邪魔しないように人間の自然に対する配慮が必要なんだよね。