恐山いた男の独り言

「ペーパーレス時代を考えさせられた」

最近、大家さんの昔の本を整理するお手伝いをしたんだよね。大家さんって、昔研究職だったので、研究に関する本とかコピーが沢山あって、段ボール箱で40個くらいあって、重い本を運ぶのに苦労したんだよね。
大量の紙ごみって、一般の収集では持って行ってもらえないから、古紙再生業者の事業所まで直接持って行くんだよ。大家さんと薬局の軽バンの後ろに段ボール箱を積んでいったんだよね。
そこで驚いたことは、倉庫いっぱいに紙が積み上げられていて、隅の方に分別のために山盛りになった本とか雑誌が沢山あったんだよ。丁度、引っ越しの時期でもあるので、定期購読していると思われる雑誌とか、種々の本とか、中には思わず拾って持ち帰りたくなるような立派の本まであって、いかに断捨離とはいえども、捨てるにはもったいないと思う物が沢山あったんだよね。
いた男が思ったのは、こんなに膨大な紙を、我々は普段使用していたんだということだよ。あそこの紙は、再生紙として売られて再度紙になるんだろうけど、最初に紙を作るときに使われた経費と、再生紙作成にかかる経費とか諸々を考えると、紙を使うということ自体が、膨大な費用と労力を費やしているんだなとしみじみ思ったんだよね。
そう考えると、ペーパーレスという考え方は理に適っている思うのさ。いた男の様に、昭和の人間は、紙で本を読むことが習慣になっているので、画面で読むよりは紙を選ぶけど、そんな習慣が膨大な紙ごみを作っていると思うと、考え方を変えた方が良いかなと思ったんだよね。

2021年03月27日